しまんちゅシネマ

映画ノート

【映画】運び屋

運び屋(2018)
The Mule

【あらすじと感想】
花作りで成功したアールだったが、ネット通販の波に押され農園は廃業に追い込まれる。そんなとき「車を運転するだけの簡単な仕事」として引き受けたのが実は麻薬カルテルの「運び屋」。麻薬捜査官の捜査が迫るが・・

クリント・イーストウッド監督/主演の『運び屋』やっと観ました。
麻薬カルテルの「運び屋」は87歳の老人だったとの驚愕の実話にインスパイアされたイーストウッドが、自ら主役を演じ監督した犯罪ドラマですが・・
なんだこれは。期待以上だよ。
麻薬カルテル絡みのサスペンスフルな映画が展開すると思いきや、
思いがけず、最高のヒューマンドラマを堪能させてもらいました。

とにかくイーストウッドが演じるアール爺が魅力的なんですよね。
誰にも媚びず、麻薬売人を相手にしてもひるまない。
「仕事」中、道で車がパンクしたカップルを見かければ止まって修理を手伝い、売人をいらだたせるが、歯に衣着せぬ物言いと肝の据わったアールに、売人たちも自然と一目置くようになるんですね。
せかせかといらだってばかりの売人も、アールのペースに歩調を合わせるだけで、なんだか穏やか。携帯メールの仕方を教えたり、車から聴こえてくるアールの歌声に合わせ、楽しそうに歌う姿は愛しくてニマニマが止まりません。
アールを始末しようとする新ボスから、なんとか救おうとする様には、悪人も元は素朴な善人だというイーストウッドの優しい視線を感じます。

勿論運び屋は犯罪ですから、罪は償うという点に妥協は有りません。
家庭を顧みず家族を悲しませた過去も取り戻せない。けれど、家族の絆を取り戻す努力を始めるのは、いくつになってからでも遅くはないとしたあたりは、イーストウッド自身の悔いと家族への贖罪の気持ちを重ね合わせたのでしょうね。
長い間確執のあった娘アイリス役に、実の娘アリシアイーストウッドを起用してるところにも特別な思いを感じました。

ラストシーンではアールが楽しそうにデイリリーを植えている。
上空からのショットで、それが刑務所で、囚人仲間と一緒に作業してるのが分かるのだけど、ここでもアールは輪の中心にいて、自然と囚人たちを率いてるんだなと思うと、なんとも可笑しく、得も言えぬ幸福感に包まれました。

 

映画データ
製作年:2018年
製作国:アメリ
監督 :クリント・イーストウッド
脚本: ニック・シェンク
出演:クリント・イーストウッド
    ブラッドリー・クーパー
    ローレンス・フィッシュバーン
    マイケル・ペーニャ
    ダイアン・ウィースト
    タイッサ・ファーミガ
    アリソン・イーストウッド
    アンディ・ガルシア
    イグナシオ・セリッチオ

【映画】ヒンデンブルグ

ヒデンブルグ(1975)
The Hindenburg

【あらすじと感想】
1937年。ナチスドイツの力を誇示する大型飛行船ヒンデンブルグ号のアメリカへの就航を二日後に控えたある日、元空軍大佐のリッターが政府のプロバガンダ府に呼ばれる。
ヒンデンブルグ号の爆破炎上を予告する手紙が届いたからだ。当日、リッターはヒンデンブルグ号に乗り込み、船内及び乗客を厳重に監視するが・・

 

どうもブログさぼり気味でダメですね。
今日は最近観た中から70年代のパニック映画『ヒンデンブルグ』の感想を。

冒頭から飛行機の誕生までの歴史が軽く紹介され、
満を持して登場するのがドイツ所有の巨大飛行船ヒンデンブルグ号です。
全長245mこんなデッカイ張りぼてがドイツからアメリカまで就航したという事実にまずはビックリ。

1937年、これが着陸間際にアメリカ上空で爆発炎上したのは分かっているのですが、その原因は特定されてません。仮にわかっていたとしても、そろそろ落ち目のナチスとしては、恨みを持つものからのテロ行為であるとは、威信にかけて公表できなかったでしょう。

そんなわけで、映画は推理を交えた架空の物語で構成されることとなり、序盤は『オリエント急行殺人事件』的な「誰もが怪しい」を散りばめたミステリーが展開します。

といっても犯人は早い時点で明かされるのですけどね。この映画のかなめは犯人捜しではなく、時代に翻弄された人々のヒューマンドラマと言えるでしょうね。

爆破犯は勿論、主演のジョージ・C・スコットやアン・バンクロフト他、搭乗客のそれぞれに様々なドラマがあって、それが映画をより重厚にしていました。

映像も大変すばらしく、船内外のヒンデンブルグ号の美しさも特筆に値します。
何より秀逸なのは、終盤の爆発事故映像でしょう。
実際のニュース映像を織り交ぜたということだけど、「これはニュース映像だな」と思って観てると、そこに映ってる人たちが救助に動き出して驚かされたりで、緻密な編集には感心しきり。
最後に、涙声でニュースを伝える実況アナウンサーの実際の音声に切なさやらやるせなが募り、心に残る一本となりました。

 

映画データ
製作年:1975年
製作国:アメリ
原作”マイケル・M・ムーニー
監督 :ロバート・ワイズ
脚本: ネルソン・ギディング
出演:ジョージ・C・スコット
    アン・バンクロフト
    ウィリアム・アザートン
    ロイ・シネス
    ギグ・ヤング
    バージェス・メレディス
    チャールズ・ダーニング
    リチャード・ダイサート

【映画】リグレッション

リグレッション(2015)
Regression

【あらすじと感想】
1990年。ミネソタ州の小さな街で17歳の娘アンジェラに性的暴行を加えた疑いで父親が逮捕される。事件のことは憶えていないとしながらも、犯行を認めるという不可思議な行動をとる父親に困惑した警察は、心理学者の協力を得て事件の真相を探ろうとするが・・

 

アザーズ』『海を飛ぶ夢』のアレハンドロ・アメナーバル監督によるサイコサスペンス。
90年代に多く起きた事件にインスパイアされて作られたとする本作は、娘の暴行事件の裏に何があるのかを、オカルト混じりに描き出します。


タイトルのregressionというのは心理学的に「退行」という意味だとか。
前に進むのがプログレスで、そのと逆方向という感じかな。
本作で、警察に協力を求められた心理学者が行うのが「リグレッション(退行催眠)」という精神分析
過去のある時のシーンを視覚化させ、事件の全容を知ることが目的でしたが
それによって見えてくるのが悪魔崇拝に関わる一家のおぞましい実態。

捜査を担当する刑事までもが恐ろしい幻覚に襲われはじめるのがみそで
イーサン・ホーク演じるブルース刑事は精神的に追い詰められていくんですね。
イーサンはこういうのやらせたら本当にうまいよね。

実は先日、悪魔崇拝を描く『へレディタリー/継承』というホラー作品を観て、
その流れでつい本作に手を伸ばしたんですが、どっぷり濃厚な『へレディタリー』を観た後では、肩透かしを食らった気分になりました。


以下、少しネタバレになるので、これから観ようと思う方はご注意ください。

私がなぜこの映画に肩透かしを食らったかは
本作に『へレディタリー』的な悪魔崇拝映画を期待したからにほかなりません。

実際映画は「退行催眠」で見えてくるものに加え、刑事の幻覚など、悪魔崇拝をめぐる映像であふれています。
ところがですね、終盤どんでん返し的展開となり、いきなり頭の切り替えを余儀なくされ・・・
ポカーン、というか、肩透かしとなるのですよ。
自分の中でまだ悪魔のお話真っ最中なのに。

ま でも、始めから悪魔崇拝の話と思わずに観ていたら良かったのかもしれません。
決めつけが判断を鈍らせるというのは、映画の主題の一つでもあります。
人の記憶も科学も、実はとても脆いもの
「こうして集団ヒステリーは起きるのだ」と示して見せるなかなか知的な作品でした。

一方、事件の真相を解くミステリーとしては、アイディアとしては面白いものの
終盤刑事がシャーロックのように謎を唐突に解く流れは、いただけない。
しかも17歳のアンジェラが全て仕組んだとするには無理があって
そうはいってもやっぱり悪魔が関わってるでしょ?と、エンドロールを眺めながらまだ引きずってしまった。

アンジェラを知的なエマ・ワトソンに演じさせたのはよかったですけどね。
天使に見えて、必ずしもそうではない
意外性も含め、楽しみどころはありました。

 

映画データ
製作年:2015年
製作国:フランス/ドイツ
監督 /脚本: アレハンドロ・アメナーバル
出演:イーサン・ホーク
   エマ・ワトソン
   デヴィッド・シューリス
   ロテール・ブリュトー
   デイル・ディッキー
   ダーヴィッド・デンシック

【映画】未来よ こんにちは

喪失を経験した女性の再生への一歩を描くフランス映画です。

未来よ こんにちは(2016)

L'avenir

【あらすじと感想】
高校の哲学教師ナタリーは充実した人生を送っている。
しかし著書の出版を切られたことを皮切りに、夫からは離婚を切り出され、実母の他界など思わぬ出来事が次々と起こり・・

 

子供の独立、親の介護や他界などは、50代後半の多くの人が経験する喪失です。
主人公ナタリーにはこれに離婚が加わり、自信作の著書が廃版になるというおまけつき。ずっと続くと思っていた安定した人生が自尊心を傷つけられる形で崩れ始め、孤独に苛まれるのです。

とまぁ、前半は「どうするよナタリー」と思ってしまうんですが、タイトルから想像できるようにこれはそこからの再起を描く映画・・
といっても、特別なことが起きるわけではないんですよね。

ナタリーは子供たちも独立し、知的な仕事をこなし、暮らしぶりもそれなりにハイソです。けれど、自分を変えるほどの思想を持たず、政治的な見解を述べることもしない
事なかれ主義を少しアナーキーな教え子ファビアンに指摘されるように、「安定」の代償に情熱を忘れてしまったかのようで、同世代としては共感するところも多い。

けれど、先に述べたように、ナタリーがこれらに気づき再生の道を進むというような
明快な展開にはならないところがフランス映画らしいところ。
ナタリーはあくまでマイペースに日々を過ごし、少しずつ現実を受け止める。
そこに不思議な穏やかさを感じる映画でした。

猫が象徴的に使われています。
亡くなったお母さんが飼っていたおデブの黒猫の名前はパンドラ。

完全に家猫だったパンドラがファビアンの暮らすアルプスのふもとで一夜の冒険に出るのですが、ナタリーの心配をよそに明け方ちゃんと戻ってくる。しかもナタリーのスリッパの中にネズミのお土産をチョコン。パンドラは野生に目覚めたのです。

パンドラの箱を開けると様々な不幸が飛び出すけれど、底には希望が残る
猫のパンドラはナタリーの未来のメタファーでもあるのでしょう。

寂しさを癒してくれていたパンドラを最後にナタリーが手放すのは、最初不思議に思ったけれど、パンドラをナタリーに象徴させるとすれば、それは必要なこと。
本能に目覚め自由に生きる方が、パンドラにとって幸せに違いないのです。

終盤、クリスマスを一緒に過ごしたそうにする夫をにべもなく帰してしまうのは、
一瞬冷たそうに見えるけれど、それはナタリーの夫の彼女への配慮でもあるでしょう。
別れた妻子とともにクリスマスを過ごのは、女性としたらいい気持ちはしないでしょうから。

音楽の使い方も素敵で、好きな映画ではあったのだけど
監督が30代の女性だと知って、ちょっと引っかかるところが・・・

ナタリーに「死」に関する本を読ませたり、穏やかに孫をあやすラストとか、
中年は来るべき時に備え、自分の身の丈の人生を楽しみなさいと言われているようで
ちょっと悔しい(笑)
若いファビアンとのランデブーとか、あっても別によかったんじゃない?とかね
悔し紛れに思ってしまったのはここだけの話ということで。

 

映画データ
製作年:2016年
製作国:フランス/ドイツ
監督 : ミア・ハンセン=ラブ
脚本:ミア・ハンセン=ラブ/サラ・ル・ピカール/ソラル・フォルト
出演:イザベル・ユペール
    アンドレ・マルコン
    ロマン・コリンカ
    エディット・スコブ
    サラ・ル・ピカール
    ソラル・フォルト