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映画ノート

【映画】THE GUILTY/ギルティ

サンダンス映画祭で観客賞を受賞したデンマーク産サスペンス映画です。

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THE GUILTY/ギルティ(2018)
Den skyldige


【あらすじと感想】
警察官のアスガー(ヤコブ・セーダーグレン)は、何かの事情で今は緊急通報司令室のオペレーターとして働いている。
そんなある日、今まさに誘拐されているという女性からの通報を受け・・

 

緊急通報司令室を舞台に、電話のやり取りのみで緊迫を伝えるという手法の作品です。

主人公のアスガーは現場を離れ、緊急通報指令室勤務を余儀なくされている訳あり警官。彼は深夜かかってきた一本の電話に対応するのですが、それは元夫に無理やり車に乗せられ、どこかに連れ去られているらしい女性からのもの。
オペレーターとしては警察の指令本部に連絡し、事件の解決を託すべきところ
アスガーは警察官の嗅覚で独自の調査を進めるんですね。

彼の越権行為にアカンやろとやきもしつつも、一刻を争う緊迫感に手に汗握ります。
この映画が凄いのは、まずは通報者との会話と音で想像力を駆り立て、サスペンスフルな展開に引き込む見せ方のうまさ。
さらには、アスガーに起きていることを浮き上がらせ、主人公のヒューマンドラマとし成り立っているところが面白く、奥深いのです。

冒頭から、通報者にぞんざいな言葉を放つことのあるやさぐれ気味のアスガーだけれど
緊急を要する事件には集中し力を尽くす姿に、彼の警察官としての能力の高さや使命感が垣間見れます。
アスガーは事件の調査に、警察官の相棒ラシッドの協力を得るんですが、詳細を告げられないまま、無謀ともいえる調査を依頼されても、ラシッドがアスガーに従うのは、彼を信頼してのことでしょう。


犯罪者への偏見や、疲弊や閉塞感から起きる犯罪など、電話の向こうで起きていることはアスガー自身にかぶさるものだと気づかせる脚本も巧い。
誘拐事件の被害者を救うために奔走していたアスガーは、やがて自分自身に対峙することになります。
同時に、この経験は、アスガーに仕事への情熱や誇りなど、忘れかけていた大切な感情を呼び起こしたのでしょう。

夜明けの緊急指令室を後にしつつ、誰かに電話をかけるアスガーの後ろ姿を見せるラストシーン。台詞もないけれど、電話の相手は多分奥様かな。
白みかけた空に希望が見えるようで、ジンワリ感動です。


映画データ
製作年:2018年
製作国:デンマーク
監督:グスタフ・モーラー
脚本:グスタフ・モーラー/エミール・ニゴ―・アルバートセン
出演:ヤコブ・セーダーグレン

【映画】女と男の観覧車

台風一過。
今回は二本続けてきたので、島のスーパーから生鮮食品が消えました。

 

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女と男の観覧車(2017)
Wonder Wheel


【あらすじと感想】
1950年代。ウェイトレスのジニー(ケイト・ウィンスレット)は遊園地の観覧車の整備士のハンプティ(ジム・ベルーシ)と再婚し、遊園地内のレストランで働いているが
海岸で監視員のアルバイトをしているミッキー(ジャスティン・ティンバーレイク)と不倫し、彼との未来に夢を見ていた。
しかし、ギャングと駆け落ちして音信不通になっていたハンプティの娘キャロライナ(ジュノー・テンプル)が現れたことから、すべてが狂い始める。

主演はアレン作品に初参加というケイト・ウィンスレット
元女優なのに、今はしがないウエイトレスのジニーは、こんなはずではなかった今を悔やみ、人生に行き詰った中年女性。

ジニーの不倫相手ミッキーは彼女の焦燥感を知ってか知らずか
女優だったジニーの自尊心をくすぐりつつ、彼女に甘い夢を見させる。
彼がやがて現れる若いキャロライナに惹かれてしまうのは致し方なくもあるけれど、
イノセントな皮を被ったミッキーの二面性が悲劇を生むことになるわけで、彼の仕事がライフセーバーなのが皮肉です。

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私はウディ・アレンに苦手意識があるのだけど、現状に行き詰った映画好きのヒロイン、ミア・ファローが、スクリーンから抜け出した映画の登場人物と恋に落ちる『カイロの紫のバラ』は大好き。
結末は意外にほろ苦く、映画はひと時の夢を見せてくれるものなのだと、妙に納得させられたのを覚えています。

オーウェン・ウィルソン演じる新米作家が大好きな時代にタイムスリップしてしまう『ミッドナイト・イン・パリ』もその系譜ですが、最終的に現在に居場所を見つけるところにホッとするものがありました。

仮に本作含めた3本を「現実逃避三部作」とするならば、本作が『カイロ~』や『ミッドナイト~』と違うのは、ジニーはファンタジーの助けを借りることなく、自分の力で何とかそこから逃れたいともがいている点でしょう。
でも悲しいかな、彼女のもがきは自分本位で、夫を裏切り、息子とはまるで向き合わない。結果、本作は一番現実的なのに群を抜いて悲劇的なものとなってしまうのです。

監督は齢82歳でこんなシリアスなドラマを作るのはしんどくないのかなと思うのだけど
観客としてはそのバリエーションと役者の熱演を楽しみました。

ちなみに放火ばかりしてる息子のリッチーが一番の映画好きだったところをみると、彼は監督自身の投影なのかな。

窓から観覧車の見える、元見世物小屋だったという家で繰り広げられるドタバタ劇
結局はまた同じ暮らしを送るであろうシュールなラストに、タイトルの所以を思うのでした。

ノスタルジックな音楽とカラフルでレトロな映像は好き。


映画データ
製作年:2017年
製作国:アメリ
監督/脚本:ウディ・アレン
出演:ケイト・ウィンスレット,ジム・ベルーシ, ジャスティン・ティンバーレイク,ジュノー・テンプル

【映画】トランス・ワールド

最近観た映画の感想がたまってきてしまったので、ちゃちゃっと簡単に。

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トランス・ワールド(2011)
Enter Nowhere

【あらすじと感想】
ガス欠で、助けを呼びに行った夫ともはぐれ、森の中の山小屋に迷い込んだサマンサは、トムと名乗る青年と出会う。
トムも車の故障で3日前に山小屋にたどり着いていたのだ。外の様子をみにトム出ている間、小屋の外にジョディという女性が倒れているのをサマンサが発見。
寒さと飢えのため3人は協力し合い、次第に打ち解けていくが、次第に彼らは事態の奇妙さに気づくことになり・・・


見知らぬ森にたどり着いた3人の男女が遭遇する、摩訶不思議な世界を描くジャック・ヘラー監督によるミステリー・スリラーです。

まず不思議なのは、小屋を出て遠くに行ったはずなのに、なぜかまた元の場所に戻ってしまうなど、この森は何かが変なのです。
しかも変なのは森だけでないのね。
そもそも3人は何故その場にたどり着いたのか。
特に冒頭でコンビニ強盗やってたジョディが、小屋の前で倒れていたのは不思議だし
足が折れたと言ってたトムは何故歩けるのか?キャサリンの夫はどこに消えたのか。
3人それぞれの夢に出てくるシーンは何を意味しているのか・・等、散りばめられた不可思議に翻弄されます。

そんな中、トムがジョディに言う「どうせ外に出れば凍死するんだ。その古めかしい上着は置いていけ。サマンサに着せる」
という言葉は謎を紐解くきっかけとなる台詞でしょう。
気づかなかったけどジョディのダウンジャケットは確かにデザインが・・(汗)

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そこで、なんとなく感じていた、サマンサの古風なヘアスタイルや、煙草や車のレトロ感も気になってくる。
少しネタバレすると、この3人、実は異なる時代を生きる面々で
3人もやがてそのことに気づき、ある行動を起こすのです。

これ以上のネタバレはやめておきますが
『世にも不思議な物語』的な奇想天外な物語は飽きさせないし
役者もそれぞれいい演技で楽しませてくれます。

おそらくは低予算でしょうが、3人が入り込んでしまった異空間の世界観も面白く、
邦題の『トランス・ワールド』も悪くない。

色んな映画にオマージュを捧げてる感じも映画ファンには嬉しいところ。
コンビニ強盗のシーンは『パルプ・フィクション』、トムが斧を引きずりながら登場するシーンは『クレイジーズ』
森の中で得体のしれない相手に襲われるのはジョディの台詞にもあるけど『脱出』。
コンビニ店長の役割というか、全体のプロット自体は『天使がくれた時間』。『素晴らしき哉、人生!』もそうかな。

こういう作品で何故?というのは野暮なのですが、「引き金」になるものを少し明かしてくれても良かったかも。
まぁ、コンビニの店長(またはそこの金庫)が異空間への入り口的な役割を担っていたのは想像できるからいいか。

少し哀愁を帯びたラストシーンに、サマンサとジョディは潜在的な記憶を残していて
いつかジョディが子供を産むときには、トムと名付けて幸せに育てて欲しいと願う自分がいましたよ。

こういう余韻を持たせてくれるところも実にいい。意外な秀作君でした。

 

映画データ
製作年:2011年
製作国:アメリ
監督:ジャック・ヘラー
脚本:ショーン・クリステンセン/ジェイソン・ドラン
出演:サラ・パクストン,スコット・イーストウッド, キャサリン・ウォーターストン,ショーン・サイポス

【映画】フルメタル・ジャケット

戦争映画をもう一つ。

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フルメタル・ジャケット(1987)
Full Metal Jacket


【あらすじと感想】
ベトナム戦争に志願した海兵隊の新兵は、過酷な訓練を通し次第に精神を崩壊させていく・・

 

スタンリー・キューブリックが87年に製作した戦争映画です。
海兵隊キャンプでの過酷な訓練を描く前半と、兵士に成長した新兵たちがベトナム戦争を戦う後半という構成。

これまでキャンプでの鬼軍曹の口汚い罵倒に引き、スラングの多くも理解できなかったため、観始めてはリタイアしていましたが、今回日本語字幕の助けを得てようやく最後までたどり着きました。

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字幕で観ても、海兵隊キャンプでの訓練シーンは強烈です。
ハートマンを演じたR・リー・アーメイ海兵隊の教官を務めた経験があり、当初は演技指導で雇われたようだけど、その迫力を買われ結局ハートマン自身を演じることになったのだとか。
流れるようなリズムで新兵を罵倒し続けるさまは圧巻。
日本語字幕でも卑猥で下品な汚い言葉のオンパレード。
wikiに、戸田奈津子さんの翻訳が「汚さが出てない」としてキューブリック自身に却下されたとあるのをみると、あの汚い言葉は必須だったのでしょうね。

では、新兵の人格を徹底的に否定するハートマンの台詞が、映画的になぜ必要だったのか。解説記事などによると、訓練は幼児退行を狙うもので、人間性をリセットさせ、内に秘めたる残虐性を育てるものとのこと。

わかるようなわからんような・・


そういえば、落ちこぼれの兵士ヴィンセント・ドノフリオ演じるレナードが連帯責任で他のメンバーが罰を食らっている間、赤ちゃんのように指しゃぶりを強要されてたのは赤ちゃん返りを意味していたのか。

殺らなければ殺られる戦場で生き残るには残虐性も必要不可避なわけで、それを引き出すアプローチにスポットを当てた点はユニークですね。
しかし、全ての兵士が同じように訓練されていくものではなく、過酷なストレスから狂気に落ちていくものもいる。
はじめから子供のような純真さをまとった微笑み豚@ヴィンセント・ドノフリオの変化も見ものでした。

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少し存在感は弱いけれど、本作の主役はジョーカー役のマシュー・モディーンってことになるのかな。
報道部に配置され、「女、子供を殺すのが楽しいか」と仲間の兵士を見下していたジョーカーはキャンプで完全なる幼児性(残虐性)を身につけないまま戦場に出た稀な存在です。しかし終盤、彼は深手を負った少女スナイパーの懇願に応じ、とどめの引き金を引く。初めて人を殺したジョーカーがその後落ち込むかと思いきや、他の仲間とディズニーのテーマソングかなんかを歌いながら意気揚々と行進するところで映画は終わります。ジョーカーの中でついに残虐性が発動したということか。大人のままでは戦争を戦えないというのはキューブリック流の皮肉でもあるのでしょう。

個人的には戦争映画であっても、人間の善の部分に光を当てたドラマとして描かれる方が好みなんですが、戦争における残虐性を描いたところに本作の面白さがあり、巨匠の戦争の切り取り方を楽しみました。

 

映画データ
製作年:1987年
製作国:アメリ
監督:スタンリー・キューブリック
脚本:スタンリー・キューブリックマイケル・ハー
出演:マシュー・モディーン, R・リー・アーメイ, アダム・ボールドウィン,ヴィンセント・ドノフリオ

 

【映画】家へ帰ろう

モリコーネ追悼特集は自粛ですっ飛びました。
またそのうちにということにして
時期も時期なんで、ちょっとだけ戦争関連の作品を。

まずは最近観た中で一番お気に入りの一本。
ホロコーストを生き延びたポーランド生まれの老人が、70年の時を経て
命の恩人である親友を訪ね母国へと旅する話を描くアルゼンチン映画『家へ帰ろう』を。

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家へ帰ろう(2017)
The Last Suit(英題)


【あらすじと感想】
アルゼンチンに住む88歳の仕立屋アブラハムは、施設に入れようとしている家族から逃れ、ポーランドへ向かうための旅に出る。
目的は、70年前にホロコーストから命を救ってくれた親友に自分が仕立てた「最後のスーツ」を渡すこと・・。


今年で戦後75年。ホロコースト体験者の現在を描く作品は、タイムリミットを迎えつつありますね。
2017年に作られた本作の主人公アブラハムも88歳。しかし、実在した人物というわけではなく、
本作はポーランド人である監督のお爺さんから聞いた話や、ホロコースト生存者が70年の時を経て恩人に会いにいくという
偶然耳にした話からイメージを膨らませて作った物語だとか。
ホロコースト映画は数あれど、ロードムービーとして描かれている点が珍しいですね。

冒頭、ユダヤ人と思われる男女がホールのようなところでバイオリンやアコーディオンの生演奏に合わせ、楽しそうに踊っています。
後にそれは主人公アブラハムの回想のワンシーンで、踊っているのは彼の両親や親族だとわかるのですが
そのシーンだけで、ポーランドユダヤ人の音楽性や豊かな暮らしぶりが窺え、それだけにユダヤ人狩りが始まって、彼らは全てを奪われただろうことに心が痛みます。

場面代わって、アアブラハムの暮らすアルゼンチン。
孫たちに囲まれ、一見幸せそうなアブラハムですが、翌日には老人施設に入ることが決まっていて家では娘たちが家具を運び出している。
アブラハムを理解し、心配しているのはどうやらお手伝いさんのみ。
その夜アブラハムは最後に作った青いスーツを持って、娘たちに内緒で、一人ポーランドに向うのでした。

そこからは頑固爺さんの一人旅。

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回想と旅の途中出会う人々に話す話から、アブラハムがどんな過去を背負ってきたかが分かってくると、頑固にならざるを得なかった彼の人生が透けて見えてくるのです。
片道切符のその旅はトラブル続きながら、それでも彼は少しづつ人と心を通わせていく。頑なだったアブラハムの心を少しづつ溶かしていくさまが心に沁みます。

アブラハムを演じるミゲル・アンヘル・ソラの頑固で意固地だけど、どこか達観してユーモアを湛えた佇まいがいい。

 

長編監督作品二作目というパブロ・ソラル監督は殺戮シーンなしに
悪夢のような、はたまたホラーのような演出で主人公のトラウマをあぶりだし、ホロコーストの悲惨さを伝えることに成功しています。
さりげなく優しい人々と出会うロードムービーとの対比も絶妙。

そして私がこの映画で特に好きだったのは音楽シーン。
前述した冒頭もいいですが、ホテルの受付嬢(結構なお歳ですが)の芳醇にして哀愁を帯びた歌声に引き込まれます。
サントラが欲しくて音楽のフェデリコ・フシドで検索したけど、Amazonでは見つからず。でもYouTubeでフェデリコ・フシドが作曲した他の映画音楽を沢山聴けました。
やっぱりいい!名前覚えておこうと思います。

 

映画データ
製作年:2017年
製作国:スペイン/アルゼンチン
監督/脚本:パブロ・ソラルス
出演:ミゲル・アンヘル・ソラ/アンヘラ・モリーナ/オルガ・ボラズ/ナタリア・ベルベケ/マルティン・ピロヤンスキー