しまんちゅシネマ

映画ノート

十二人の怒れる男


1957年(米)監督:シドニー・ルメット出演:ヘンリー・フォンダ/リー・J・コッブ/エド・ベグリー/マーティン・バルサム/E・G・マーシャルジャック・クラグマン/ジョン・フィードラー/ジョージ・ヴォスコヴェック/ロバート・ウェッバーエドワード・ビンズ/ジョセフ・スィーニー/ジャック・ウォーデン
■感想
今頃観たんかい!  
はい、すみません(;゚∀゚)

17歳の少年が起こした殺人事件に関する陪審員の討論を、密室劇として見せたシドニー・ルメットの法廷映画の傑作。
どんだけ有名やねん!っていう作品ですが、今頃観ました。

審議の対象になるのが、17歳の少年がナイフで父親を殺すという事件

映画を観ていたという少年にはアリバイを証明するものがなく
少年が殺害するシーンを見たという目撃者や、殺害の全ての物音を聞いたという証言者
少年の買ったナイフが犯行に使われているなど、目撃証言や証拠が揃い
誰もが少年の犯行を確信している。

さっさと判決を下して、お役ごめんになりたいという時に
一人の陪審員ヘンリー・フォンダ)が確信を持てないからと無実を主張したことから物語は動き始める

12人が有罪を言い渡せば少年の死刑が決まる。
不安要素について、もう少し考えてみてもいいんじゃないかと。

渋々応じる他の11人が、不安要素の解明をしていく中で、一人二人と無罪票を投じるようになる訳ですが

良くある裁判もので、弁護士が目撃証言を覆していくがごとく
ヘンリー・フォンダが証言の曖昧な部分を明らかにしていくシークエンスは知的で引き込まれます。
でもこの映画の面白さは、フォンダの独り舞台ではなく、12人それぞれに多かれ少なかれ個性を持たせ
ヒューマンドラマの要素を持たせていることにありますね。

おじいちゃんだからこそだったり、スラムで暮らした証言者だからこそという、
個々の特質が証拠を覆すための重要な役割を果たすと同時に、
最後まで有罪を訴える陪審員の内面が暴露され
偏見を捨て、人間的に判決を下すことがどれだけ重要であるかを感じるようになるプロットも凄い
追いつめられる陪審員は気の毒ではあるけれど、ある意味完全懲悪的で、
昔の映画は良心に溢れていたんだよなと感じます。

静かに正義を訴えるヘンリー・フォンダも地味ながら誠実な存在感で良し
悪役wリー・J・コッブの小憎たらしさも、映画に緊張を与え、ヒューマニズムを際立たせました。

ダウニーの『シャーロックホームズ』のように、実は事件はこうだったんだよ、みたいな説明がないため
事件の真相は結局分からないので、本当はどうだったんだろうなんて思ったりもします。
冒頭チラリと登場する少年の様子もかなりニュートラルで
あの表情からは彼が本当に無実なのかどうなのか想像しにくくしてるところも憎い。

勿論架空のお話なので、「本当は・・・」なんてないわけですが

もしも彼が本当に無実だったとして、この場にヘンリー・フォンダがいなかったら・・・
少年は無実の罪で死ぬことになったのかと思うと怖いです。

人が人を裁く制度の中で、陪審員制を受け入れる以上、
私たちは心して裁判に臨まないといけないってことも思い知らされました。


最後に法廷の外に出ると開放感を感じましたね。お疲れさまでした~(^o^)丿

★★★★*