しまんちゅシネマ

映画ノート

時代の痛みを切り取る『キャタピラー』

今月は邦画もということで、まずは比較的新しいところから『キャタピラー』を。
主演の寺島しのぶベルリン国際映画祭で最優秀女優賞を獲得しました。




2010年(日本)
原題:キャタピラー
監督:若松孝二
出演:寺島しのぶ大西信満吉澤健粕谷佳五
増田恵美河原さぶ石川真希飯島大介地曵豪
ARATA篠原勝之


江戸川乱歩の『芋虫』は読んだんだったか、記憶があいまいなのだけど
オムニバス形式の『乱歩地獄』(2005)に収録されていた『芋虫』は観ました。
『芋虫』では、戦争で四肢を失った夫と妻が身体を重ねる姿が
官能的に描かれいびつさが際立っていたけど
戦時中の日本を、それほど感じさせるものではなかったと記憶しています。





さて、本作は久蔵を戦争に送り出すところから始まりますが
やがて久蔵は戦地で負傷し、四肢を失くした達磨さんのような姿で帰還。
勲章を与えられ、人々に生ける軍神として崇められる。
妻のシゲコは仕事の傍ら、夫の食欲と性欲を満たすことに明け暮れるのみ・・。

痛々しいほどに正直な映画でした。
「お国のため」という魔法の言葉に操られ、戦争に立ち向かう人々の姿は
滑稽でさえあり、なんとも虚しい。
中にはシゲコのようにやるせない思いを抱える者もいたでしょうけど
それを表に出せるはずもない、そういう時代。
この映画が正直だと思うのは、まず久蔵が戦時中に犯した蛮行を
断片的に見せていること。
これは邦画ではなかなかできなかったことでしょう。
久蔵がトラウマからPTSDに堕ちていくのも、
日本の戦争映画としては新しい描き方でしょうか。

妻シゲコはというと、こんな姿になっても、食欲と性欲だけは旺盛で
傲慢に振舞う夫を憎みながら、一方では子供に感じるような愛情も感じていく。
それもこれも戦争のためと戦争を憎みながらも
夫に尽くす良き軍人の妻として、人の尊敬を受けることに
辛うじて存在価値を見つけるしか、自分を慰める術が無い。
けれども、そのシゲコの振る舞いは次第に夫を苦しめ、
夫を苦しめることが小さな報復となって、妻の心の隙間を埋めていく・・
結局はともに深く深く傷ついていく夫婦の姿に、戦争の実態を見る思いでした。

シゲコを演じた寺島さんの演技の素晴らしいこと。
その虚しさに共感し、一緒に泣いてしまいましたね~。





誰もが自分を見失うしかなかった戦争の真っ只中にあって
少々頭の弱そうな男を演じた篠原勝行が、唯一
「時代」を傍観する姿が印象的でした。

戦争の痛みを切り取った秀作だと思います。

★★★★