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映画ノート

ゼロ・ダーク・サーティ




ゼロ・ダーク・サーティ
1990年(アメリカ)
原題:Zero Dark Thirty
監督:キャスリン・ビグロー
出演:ジェシカ・チャステインジェイソン・クラークマーク・ストロングジョエル・エドガートンジェニファー・イーリー


オサマ・ビンラディン捕縛・暗殺作戦の裏側を描く『ゼロ・ダーク・サーティ』観てきました。
監督は男前なキャスリン・ビグロー

911の直後からオサマ・ビンラディンを首謀者と特定したにも係わらず
米CIAはビンラディンを捕らえることが出来ず、情報を得るため多くの関係者を捕らえては拷問した。
ビンラディンを追った10年間を、CIA情報分析官マヤを中心に描く作品です。

言ってみれば『実録 オサマ・ビンラディンを探せ』
でもこう言うとビグロー監督に手にした鉄アレイで殴られます。
あ、それオスカー像?^^;






監督は本作をあくまでヒューマンドラマと位置づけ、ポリティカルなものにするつもりも、
ましてや捕り物帳のドキュメンタリーにするつもりもないとのこと。
そもそもこの映画はビンラディンが捕まる前に製作が開始されたらしく
2011年5月のビンラディン暗殺により、内容の変更を余儀なくされたとのこと。
映画の核はおそらく『ハートロッカー』同様に、主人公の虚無感でしょうが
付け加えることになったビンラディン暗殺までのシークエンスは
映画の最大の山場となったのは言うまでもなく、
「そのとき何が起きたのか」をスリルをもって楽しむことが出来ました。



勿論マヤを演じたジェシカ・チャステインは素晴らしかった。
初めは拷問に顔を背けるほど軟弱だったマヤが、年月を重ねるごとに逞しくなる。
男世界のCIAで、女性であるマヤが軽んじられているのは、
倉庫のような部屋に埃まみれのデスクを与えられるところからも見て取れる。
怒りやストレスに耐えながら彼女が誰よりもビンラディン捕獲に執念を燃やしたのは
ひとつには男たちに負けまいとする気持ちもあったのでしょう。
Fワード発言などwマヤの虚勢をユーモラスに演出しているところが楽しい。

問題は帰途に着くマヤを映し出すラストシーン。
星条旗を背に、ビンラディンだけを追って駆け抜けた10年
彼女の胸に去来するものはなんだったのか。
彼女の頬を伝う涙は、およそ成功の喜びや、
やり遂げた満足感からでないだろうことが虚しいんですよね。

ちなみにタイトルの『ゼロ・ダーク・サーティ』はミリタリー用語で(実際にはゼロは「オー」と発音)
シールズ部隊がビンラディンの隠れ家に突入した時間「夜中の0時30分」のこと。
同時に、911以後の10年に渡ってビンラディンを追った
暗黒の時代を意味する意図もあるのだそうです。
暗闇を駆け抜けたアメリカの姿を、マヤという一人の女性に重ねたと言っていいでしょうね。

日本公開は2/15~。

★★★★☆