しまんちゅシネマ

映画ノート

扉をたたく人


2008年(米)監督:トム・マッカーシー出演:リチャード・ジェンキンス/ヒアム・アッバス/Haaz Sleiman/ Danai Gurira
■感想
イギリス特集しばし中断して、今日はこちら。
先日発表されたインディペンデント・スピリット賞で、監督賞と主演男優賞にノミネートされた作品です。

主人公のウォルター(リチャード・ジェンキンス)はコネチカットの大学で経済学の教鞭をとる初老の男。
子供も育て上げ、経済学の本も執筆する優秀な学者でもあるウォルターですが、
彼はすでに教育にも本を書くことにも意欲を示せなくなっているようでした。

そんなある日、ニューヨークのカンファレンスに参加することになり、
ニューヨークに所有するアパートを訪れると、そこには見知らぬ男女が。
シリア人タレクとそのガールフレンドは、業者の詐欺によりウォルターのアパートを二重借りしていたのです。

行く当てもなくアパートを出る二人にウォルターはしばしの間部屋を提供することを申し出ます。
タルクは小さなバンドでドラムを演奏する奏者であり、ウォルターはドラムを教わり、二人は親密に交流するように。

ところが、ある日、地下鉄の自動改札にスタックしてしまったタルクは、警察に連行され
不法滞在の罪で移民局に勾留されてしまうのでした。

これは抜け殻のように生きる中年の主人公が、情熱を取り戻すお話であり、移民問題を考えさせられる作品でもありました。

少し古い言い回しかも知れませんが、ウォルターは燃え尽き症候群という言葉がピッタリ来そうな中年男。
ピアニストだった妻を数年前に亡くし、すでに人生に何の楽しみも目的も見出せないでいたのです。

偶然の出会いからタルクとその彼女、そしてタルクの母親と知り合い、ウォルターは深く関わっていきます。
それまで周囲の人間と間を置いて生きてきたウォルターに大きな変化が起こったのでした。

一方考えさせられるのは移民を扱うアメリカという国の姿勢です。
911以降、不法であるかどうかの規制は一層厳しいものになり、特にアラブ系の民族に対してはいまだにテロリストを疑ってしまう実態。
規則があってそれに従わなければ取り締まられるのは当然と思うところもあるのですが、人の尊厳や暮らしを無視した姿勢には憤りを感じるところであり、そもそもアメリカの白人の多くはヨーロッパからの移民に始まっていることを思うと、
アメリカ人は何かを忘れてしまっているのでは?と思わざるを得ませんね。

ウォルターがピアノを習おうとしていたのは、彼の中にまだ何か情熱を捧げるものを模索していたのでしょう。
ウォルターが生き生きとドラムを叩く様子には清々しさを感じました。
リチャード・ジェンキンスは地味ながら素晴らしい演技。脇を固める多国籍な役者陣も、自然さが良かったです。




劇中、公園でのドラムのジャムセッションシーンにも心を奪われます。
音楽はやはり国を越え、多くの人々の心をつなぐものなのですよね。

ロットントマトでも92%の高い評価を得ていたので観たのですが、地味ながら良い作品でした。
すでに7つの賞で監督賞、作品賞を獲得しています。


★★★★☆