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映画ノート

【映画】あの日のように抱きしめて

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あの日のように抱きしめて
(2014)ドイツ
原題:Phoenix
監督/脚本:クリスティアン・ペッツォルト
出演: ニーナ・ホス /ロナルト・ツェアフェルト / ニーナ・クンツェンドルフ /  ミヒャエル・マールテンス/ イモゲン・コッゲ/ キルステン・ブロック


【あらすじ
顔に酷い傷を負いながら強制収容所から生還した元歌手のネリーは、友人の弁護士レネの保護の元整形手術を受けベルリンに暮らし始める。ネリーの願いは唯一つ、夫ジョニーの元に帰ること・・・

東ベルリンから来た女』のクリスティアン・ペッツォルト監督が今回もニーナ・ホスを主演に終戦直後のドイツを舞台に
強制収容所で顔に大怪我を負った妻と、顔の変わった妻に気づかない夫の愛の行方を描くサスペンスドラマです。
夫ジョニーを演じるのはこちらも『東ベルリンから来た女』で共演したロナルト・ツェアフェルト。
 ニーナ・ホスがトロント映画批評家協会賞で主演女優賞を受賞しています。
  
ネリー(ニーナ・ホス)は愛する夫のもとに帰ることを心の支えに生き抜いてきた女性。
友人のレネはネリーの夫はネリーを裏切ったとの理由で彼女を夫の元には返さず、
ネリーとパレスチナに移る計画を実行しようとしています。

しかし夫を愛するネリーは単独でジョニーを見つけ出し接近。
ジョニーはネリーは死んだと思っており、顔の変わったネリーを妻とは気づきません。
しかしネリーの資産を相続するため、ネリーに妻に成りすますように依頼するのです。

本人に成りすます計画に乗るなんてちょっと変な話ですが
レネの言う「ジョニーはネリーを裏切った」という言葉の真意を確かめる気持ちもあったのか
ネリーは本人だと明かさないまま、ジョニーの元でネリーになるためのトレーニングを受けます。
そうしながらも夫といることに幸せを感じるネリー。
そのうちに「私本物だよ~」と打ち明けるつもりだったのでしょう。

変わった設定の中、2人の愛の行方は?にグングン引き込まれました。

この映画の面白いのは勿論2人の関係がどうなるのかにあるんですが、
戦後のユダヤ人とその周辺を描くものとして大変興味深い作品に仕上がっていること。

ネリーのアパートの管理をするおばさんなんてどこかよそよそしく
一度卑下したユダヤ人への偏見が見え隠れ。

弁護士のレネはどうしてもナチスを許せない。ユダヤ人以外の人々がユダヤ人を差し出したことも許せない。
世間がナチスを許し、迫害の事実を忘れてしまうことにも大変な憤りを覚えているのです。

えっと、これ以上指摘すると結末に触れることになるので、以降はネタバレで書かせてもらいます。

未見の方はスルーでお願いしますね。
ジョニーと奇妙な共同生活を送る中、ますますジョニーを愛するネリーですが
レネがそんなネリーに失望し、ジョニーがネリーが強制収容所に送り込まれる二日前に
離婚届を出していたことを明かし自殺するのです。

戦後、生還した多くのユダヤ人が自ら命を絶ったと聞いたことがあります。
何も信じられない世界はもう彼らの生きる場所ではなかったのかもしれません。

レネの自殺により夫の決定的な裏切りを知ったネリーのその後の行動が面白い。
しかし、ネリーの心情を言葉で説明しない描き方なのでラストシーンの捉え方も観るものによって違うかも。

予定どうり、駅に降り立ったネリーを迎える芝居を打つジョニー。
そして催されたささやかな歓迎の席で、ネリーはジョニーに「スピーク・ロウ」をリクエストし歌を披露します。

最初は小声で自信なさげに歌うんですが、徐々にしっかり歌い始めるとジョニーの顔に困惑の色が見え始める。
そしてネリーの腕に収容所の番号の刺青を見たジョニーは全てを察知し演奏をやめ
それでも歌い続けるネリーを呆然と見つめるのです。

歌い終えたネリーは何も言わずにその場を去ってエンドクレジット。
ネリーは、彼女を裏切ったジョニーを見捨てたのでしょう。

しかし終盤には色んな発見がありました。
駅での知人たちとの再会。
ここで彼らはジョニーが練習で言ったのとほぼ同じことを言うんですね。「あれ?」です。
そしてその中の一人の女性の行動が怪しい。
彼女は駅でネリーを迎えたあと、ネリーのあとを歩きながらジョニーと腕を組むんですよ。
これも「あれ?」
その表情からも、私は彼女がジョニーの恋人だと思ったんですよね。
駅でネリーを迎えるとき、彼は前もって「キスはなし」とネリーに伝えてましたが
それも恋人が見てるからというのもあったんじゃないか。
集まった面々も全員でないかもしれないけどグルでしょう。ジョニーの練習と同じ台詞を言うのも変だし
最後、歌い終わって部屋を出るネリーを呆然と見る彼らの表情がそう語っていたように思います。
「なんだ本物じゃねーかよ。俺らの取り分無しだな」みたいな。

一方ジョニーはというと、そんな悪人にも見えない。
クリス・プラットに似てるのもあって、勝手にクリスのキャラを重ねてみてたかもだけど
ジョニーが駅でネリーをぎゅっと抱擁する姿に、彼は恋人に扇動されネリーと離婚したものの
ネリーを嫌っていたわけではないのではないか。
ネリーと過ごすうちに死んだ(と思い込んでる)妻への愛が少しずつ蘇っていたんじゃないかと思いました。
勝手な想像ですが、そう思いたい。
しかしジョニーの思いがどうであれ、歌の歌詞のようにすべてはtoo late。

ネリーはきっぱりとジョニーと別れる覚悟を決め、新しい人生を歩むのだと思います。
タイトルの「フェニックス」はジョニーが働いていた酒場の名前ですが
灰の中で死に再び蘇る伝説のフェニックスをネリーの姿に重ねたダブルミーニングかと。

とにかく面白い作品でした。