しまんちゅシネマ

映画ノート

おとし穴



砂の女』で気に入った手勅使河原作品
今日は安部公房の『煉獄』をベースにした、長編劇映画デビュー作『おとし穴』を観ました。




おとし穴(1962)日本
監督:勅使河原宏
出演:井川比佐志、佐々木すみ江、宮原カズオ、大宮貫一、田中邦衛、矢野宣、佐藤慶


不況の風が吹き荒れる北九州の炭鉱地帯。そのボタ山で殺人事件が発生した。
事件の目撃者である駄菓子屋の女は犯人に脅され嘘の証言をする。


廃墟となった炭鉱を舞台にした殺人事件をめぐる不条理劇です。
主人公は炭鉱に働く工夫(井川比佐志)。役名はない。
罪人上がりや朝鮮人などもいて「工夫」は差別用語ともされた時代のこと。

幼い息子を連れ炭鉱を夜逃げした男(井川)は
職を斡旋する宿の紹介で訪れたボタ山で、いきなり殺されてしまいます。
どうやら対立する労働組合のゴタゴタに巻き込まれた様子。
男の夢が「労働組合のある職場で働きたい」だったことを思うと皮肉です。

息子が一部始終を見ていたという設定から
この子が事件の解明に一役買う刑事ドラマが展開するかと思いきや
映画は、事件の輪郭を匂わせはするものの、
犯人の正体を明かすでもなく、罪人を裁くわけでもない。

面白いのは男が死体からむっくりと起き上がり
幽霊となって「なんで殺されなきゃならんかったんか」と嘆くことW

廃鉱となったボタ山のふもとの村には死人がウジャウジャいて
まさしくゴーストタウン
白いスーツの殺し屋を演じる田中邦衛
最初の登場シーンがお墓というのも死神的だし
蛙の皮を剥いだり、親の死体にも動じない息子も
ずぶずぶと足をとられる沼地にも
黄泉の世界との境が曖昧な不思議さが漂う。





この映画、死んだものが報復に走ればホラーになるのだけど
男も、巻き込まれて殺された駄菓子屋の女(佐々木すみ江)も
恨みつらみを口にし、嘆く以外には何もできず諦めるのみ。

運の悪いものは運が悪い。そんな空気が漂うのも時代ならではかな。
息子ちゃんはどうやって生きていくのだろうと心配になるけれど
主のいない駄菓子屋の菓子をくすねる様子には逞しさもある。
父のそばにお菓子を置くシーンが好き。





「なんでやねん・・」と吹き出しをつけたくなるラストシーンもまたシュール。
「死んだら忘れるが勝ち。」
先輩幽霊の言葉にもなにげに含蓄があった。