しまんちゅシネマ

映画ノート

アンドレ・テシネ『かげろう』




ホワイトデー特集用に観たのだけど、ロマンスにジャンル分けするのは難しいかなぁという一本。
アンドレ・テシネ監督で、第二次世界大戦中のフランス、パリを舞台にしたドラマです。
かげろう(2003)フランス
原題:Les Egares
監督:アンドレ・テシネ
出演:エマニュエル/ギャスパー・ウリエル/グレゴワール・ルプラス・ラング/クレメンス・メイヤー
 
冒頭、避難者の流れに乗って車を移動中、ドイツからの空爆に遭うオディールと2人の子供たち。
低飛行から、人の波に向け爆撃してくるシーンは、『禁じられた遊び』でも描かれていましたが、すぐ隣で人が吹っ飛ぶ中さまはリアルで本当に恐ろしい。
なんとか生き延びた一家はイヴァンという青年に導かれ森の奥へと移動します。
やがて人の住まない屋敷にたどり着き、ひと時穏やかな時間を過ごす4人でしたが・・



アンドレ・テシネ監督はドヌーヴ主演の『夜を殺した女』しか観てないんですが
アイテムに深い意味を持たせるのがお得意な監督とお見受けします。
本作では、冒頭の空爆エマニュエル・ベアール演じるヒロインが恐怖のためお漏らししてしまうところもポイント。
7歳の娘に「ママのスカートどうして濡れてるの?」と訊かれ、素直に失禁を告白するオディール。
イヴァン(ギャスパー・ウリエル)がもしはじめにオディールのこの弱さを目にしていなければ、アウトローで一匹狼な彼が気丈なオディールに魅かれることはなかったのではないかと思うのです。
オディールが気丈に振舞うのは、戦争で夫を亡くし、子供を守る義務を痛感してるから。
教師でもあるオディールは、サバイバル能力に長け食料を調達してくるイヴァンを重宝しながらも、道に横たわる死体から金品を盗むイヴァンを軽蔑する。やがて子供たちがイヴァンを慕い始めると、その念は嫌悪から嫉妬、親の立場を奪われる危機感へと変わっていきます。
「お漏らし」から、人間関係の機微を描ききるテシネ監督はさすが。


また、オディールも、イヴァンが読み書きができないことを知ると態度を軟化させる。
人間って不思議だけど、相手の弱みを知ることで身近に感じられることもある。
やがて2人は身体を重ねることになるんですねぇ。
戦争未亡人のベアールの熟れたお尻の美しいこと。
17歳だというのに、イヴァンがベアールの知らないテクニックで彼女を悦ばせるというのもテシネ監督らしい。

しかし、ひと時の快楽は長く続かない。
戦争の終わりとともに、2人は引き裂かれるのです。
森を離れるとき、壊れたワイパーにより、森の景色は雲り歪んで見えた。
このあたりも意味深です。

イヴァンは孤独な青年でした。
それゆえ、オディールを愛し、一家を支えた時間は、彼にとって至極の時間だったのでしょう。
そのことを痛感することになるラストが切なすぎる。

ある誤解から、イヴァンを信じることが出来なかったオディールは
一生そのことを悔いて生きるのではないかな。

それもこれも、戦争のもたらした悲劇ですね。
本作はひとりの女性のメモワールがもとになってるのだそうです。